青の洞門と手掘り洞窟(大分県)
本日は、大分県中津市の「青の洞門」を^^
こちらも以前の記事の耶馬渓と同じ景勝地で、岩盤の急崖地が続く、独特の風景を造り出しています。



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説明看板によると、この地域の通行人は、今のような道路がない昔には岩壁に作られた鎖を命綱にして大変危険な道を通っていたようです。ときには人や馬が命を落とすこともあり、旅の途中に耶馬渓へ立ち寄った禅海和尚が安全な道を確保するため、1735年より自力で岩壁を掘り始めたそうです。1750年には第一次落成式が行われ、開通後に通行量を徴収したという話が伝わっており、日本で最初の有料通路とも言われています。

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当時は重機もなかったため、人力での岩盤掘削は想像を絶する大変さだったことと思います

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確かにこの岩壁を鎖で渡るのは命がけだったでしょうね。。

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禅海和尚のモニュメント

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近づくと絶壁具合が良くわかります。。


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岩盤掘り抜きのトンネル(普通に供用中で車も通行しています)もなかなかお目にかかれないため、逆に新鮮な気がしましたね~。


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非常にワイルドな道路です・・^^

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禅海和尚の手掘り洞門の一部は現在も残されており、見学することができます

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ノミで掘られた跡がよく確認できます

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当時は禅海和尚が掘り始めてから開通までに30年かかったようですが、まさに「一念岩をも通す」だと感じました。。
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こちらも以前の記事の耶馬渓と同じ景勝地で、岩盤の急崖地が続く、独特の風景を造り出しています。



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説明看板によると、この地域の通行人は、今のような道路がない昔には岩壁に作られた鎖を命綱にして大変危険な道を通っていたようです。ときには人や馬が命を落とすこともあり、旅の途中に耶馬渓へ立ち寄った禅海和尚が安全な道を確保するため、1735年より自力で岩壁を掘り始めたそうです。1750年には第一次落成式が行われ、開通後に通行量を徴収したという話が伝わっており、日本で最初の有料通路とも言われています。

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当時は重機もなかったため、人力での岩盤掘削は想像を絶する大変さだったことと思います

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確かにこの岩壁を鎖で渡るのは命がけだったでしょうね。。

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禅海和尚のモニュメント

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近づくと絶壁具合が良くわかります。。


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岩盤掘り抜きのトンネル(普通に供用中で車も通行しています)もなかなかお目にかかれないため、逆に新鮮な気がしましたね~。


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非常にワイルドな道路です・・^^

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禅海和尚の手掘り洞門の一部は現在も残されており、見学することができます

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ノミで掘られた跡がよく確認できます

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当時は禅海和尚が掘り始めてから開通までに30年かかったようですが、まさに「一念岩をも通す」だと感じました。。
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