達谷窟毘沙門堂(岩手県)
新年あけましておめでとうございます。
旧年中は当ブログにご訪問いただき、誠にありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたしますm(_ _)m
さて、新年はじめは岩手県平泉町の達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門堂です^^
達谷窟毘沙門堂(案内看板より引用)
平泉中心部の南西約6km、太田川北岸の東西長約150m、最大標高差約35mの断崖に掘られた洞窟が達谷窟です。窟の全面には懸崖造りの毘沙門堂があり、南面して中島を伴う池(蝦蟇ヶ池)が配置されます。また、毘沙門堂西側の岩面に磨崖仏が刻まれています。『吾妻鏡』によると、源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼして鎌倉へ帰還のおり、ここに立ち寄り別当寺の達谷西光寺の寺領を安堵したことが記されています。
発掘調査の結果、平泉最盛期(12世紀)にはすでに毘沙門堂の全面に池が存在していたことが確認されています。平泉はもとより、東北地方における仏教信仰の実態を理解する上でも書くことの出来ない重要な遺跡として、史跡に指定されています。


↑
早速中へ入ってみます。。


↑
オーバーハングした岩壁の窪み部分に毘沙門堂が建てられています。岩壁と一体化したような外観が印象的です

↑
毘沙門堂の近くにある蝦蟇(がま)ヶ池。蝦蟇蛙に因んだ言い伝えがあるようです

↑
毘沙門堂から蝦蟇(がま)ヶ池を。。

↑
亀裂の少ない塊状がガッチリした岩盤だからこそできた建築形態なのだと思います。


↑
毘沙門堂より大分年季の入った姫待不動堂。こちらのお堂も姫様に因んだ言い伝えがあるようです

↑
最近改修された立派なお堂もありました。

↑
毘沙門堂西側の岩面に刻まれた磨崖仏。
世界遺産の中尊寺や毛越寺からも比較的近く、中尊寺を訪問も際は併せて訪れていただきたい場所です^^
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達谷窟毘沙門堂(案内看板より引用)
平泉中心部の南西約6km、太田川北岸の東西長約150m、最大標高差約35mの断崖に掘られた洞窟が達谷窟です。窟の全面には懸崖造りの毘沙門堂があり、南面して中島を伴う池(蝦蟇ヶ池)が配置されます。また、毘沙門堂西側の岩面に磨崖仏が刻まれています。『吾妻鏡』によると、源頼朝が奥州藤原氏を滅ぼして鎌倉へ帰還のおり、ここに立ち寄り別当寺の達谷西光寺の寺領を安堵したことが記されています。
発掘調査の結果、平泉最盛期(12世紀)にはすでに毘沙門堂の全面に池が存在していたことが確認されています。平泉はもとより、東北地方における仏教信仰の実態を理解する上でも書くことの出来ない重要な遺跡として、史跡に指定されています。


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早速中へ入ってみます。。


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オーバーハングした岩壁の窪み部分に毘沙門堂が建てられています。岩壁と一体化したような外観が印象的です

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毘沙門堂の近くにある蝦蟇(がま)ヶ池。蝦蟇蛙に因んだ言い伝えがあるようです

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毘沙門堂から蝦蟇(がま)ヶ池を。。

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亀裂の少ない塊状がガッチリした岩盤だからこそできた建築形態なのだと思います。


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毘沙門堂より大分年季の入った姫待不動堂。こちらのお堂も姫様に因んだ言い伝えがあるようです

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最近改修された立派なお堂もありました。

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毘沙門堂西側の岩面に刻まれた磨崖仏。
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